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夏休み、half-empty
町に学生が減って

ああ、夏休みなのかと気づいた。

学生の夏休みといえば、大学生を抜かせば7月のちょっとと8月いっぱい。

私は学生の時、夏休みがそこまで好きじゃなかった。

なぜなら

休みというぬるま湯にゆっくり疲れなかった子供だったから。。

約40日の夏休みでやらなければいけないことといえば

宿題。

やらねばけないことが残っているということ自体、休まらない。。

小学校の時ですら、夏休みのうちの7月が終わってしまうと焦り始めていた。。

「あと一か月しかない」、と、、、

それは高校でも続いて

つまり極端言えば7月中に宿題をやり切れればきっと8月を楽しく過ごせたんだと思う。

ただそんなことは絶対にできるわけもなく

やらねばならないことがあるという状態で遊ぶとかあまりできなくて

遊んでたとしてもそわそわ

部活やっててもいつもTO DOのことが頭にあったりした。








そんな性格がずっと続いているので

自分では損だなぁとか、人生楽しめてないなぁと思ったりもする。

結婚してから、夏休みの宿題を最後の日に焦ってやるという旦那ちゃんに出会い

この性格をとってもほめてくれて

この性格も悪くないのかなぁと初めて気づき、

またそんな旦那ちゃんの影響され、だらけることの楽しさとか、うれしさとか、

そういうのを知ったりした。

変な言い方だけど。








夏休みの時期になるといつもそんなことを考えます。

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【2018/07/30 21:01】 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
感覚、記憶、それと
昨日はみんなと別れて一人になったら泣いてしまうかと思ったけど

気持ちは変な気持ちで

やっぱり涙は出ず

もう10年も経ってるもんね

当たり前か、時効だよね







でもなんだかあの感覚は

10年前と同じで

ただどうしたいこうしたいとかではなく

ただ単純に懐かしくなりました
【2018/07/22 06:54】 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
音楽について、おもう
一応、わたしは音楽をやっています。

一応とつけておく。

音楽をやって来た中で、一番と言っていいほど衝撃を受けたことばがあります。

「上手いは正義だ」

これは大学の時のサークルで先輩に言われたことばです。

わたしは小学校の時から吹奏楽、オーケストラ、ビッグバンドとやってきて、

音楽を楽しくできていた。

それはそれなりの人たちと、その時々のそれなりの目標設定でやっていたからだと思う。

高校までは、如何に譜面をうまく吹くか、表現豊かに吹くかとか、そのくらい。

大学に入ってジャズを始めて

譜面にないものを吹くということに実はかなりの衝撃を受けました。

自分の中にそういう物差しが無くて

すごく新鮮でした。

2年生までは二軍みたいなところにいたから、それまで通りみんなで楽しくできてたから良かったけど

レギュラーメンバーになったら、求められるものが変わってきた。

お金をとって演奏をするし

大会で良い成績を求められるし

でもそれなりのところまでは吹ける自信はあったから、それなりに楽しくできてればいいと思ってた

先輩を追いかけてる時はそれで良かったけど

後輩が多くなるにつれて結構辛くなってた。

ソロを取らなければ相手にされないし

合奏でも、上手い人の言うことが説得力があるのだと思い知らされた。

上手くなければ、楽しくないんだって

上手くなければ、意見を言えないんだって

楽しいっていうことを言える場所は、上手い人しか居られない空気があって

卒業前一年は、つらかった。

わたしはソロが苦手だし、

だからソロを取れる人たちの演奏や会話が

自分とは境界線があるんだなぁって

ひしひしと感じてた

でも勉強や練習もしようとはした

でもやっぱり、わたしにはそこまでの気力というかモチベーションがついていかなかったのね

社会人になったら、やっぱり楽器を続ける人続かない人出てきて

おのずと続ける人は上手い人たちになっていく。

上手いが正義で、上手いが楽しい。

今でもそうだと思う。

上手くはなりたいけど

いまからそんなにがんばれるかなぁ。

上手い人は、やっぱりかっこいい。

そんなことを最近思って

音楽をやったりしています。
【2018/07/03 22:18】 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
20歳
今日で東日本大震災から7年。

20歳というのは、私の7年前の歳です。

あの時から考えると、

学生から社会人になり、

住む場所も変わったりして、

結婚したり、家族が増えたり、

いろんなことがあったけど、

7年前から同じ時を別の境遇で過ごしている人がいると思うと

私は何をやってんだろうと思います









7年前、気仙沼に一度行きました。

震災から約半年の時が経った被災地でした。

あの景色は忘れないし

あの時から、わたしはもっと何かできていればよかったなって思います。

申し訳ないし、すごくすごく情けないし、何もできない自分が悔しい。

やるせない気持ちになります。

何かできたわけじゃないし、何かを残したわけでもない

ただ見て、いろんなことを感じたけど

この7年間、何かあの土地の人たちのためにできたことは無い。

私はこれでいいんだろうか、と毎年思ってしまう。

ただ涙は出てくるのに、何かをする勇気が出ないだけ








人の役に立てる人になりたい。

そう思ったときに、前回の日記につながるけど、

私は今の仕事をもっと勉強して、人の役に立ちたいとおもった。

先日、義理の両親が家をリフォームしました。

前は日が入りづらく、暗い雰囲気のおうちだったけど

リフォームして気持ちが明るくなったと言っていました。

そうやって、色とか、光とか、デザインとかで、下向きな気持ちの人を明るい気持ちにできたらなって

いろいろ考えて思いました。

いつか同じような機会があったら、確実に何か力になってあげられる人になりたい。

そのために勉強しようと思いました。










社会人になったとき、

「人の役に立てる人間になる」という目標を立てました。

でも今の職場は正直、毎日イライラするし

人のことを嫌いになったり疑ったり、逆に疑われないように常に気を配ったり

最初は本当に人のことが信じられなくなる職場だと思いました。

今では慣れてしまったけど、やはりそう思っています。

でも、そういう環境にとやかく言わずに

ちゃんと自分の目標をもって、ちゃんと勉強しなきゃと思いました。

いつか、しかるべき時に、人の役にたてる、人の気持ちを明るくできる人になりたい。










明日も月曜がくるので、また頑張ろうと思います。

【2018/03/11 21:54】 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
上がったり、下がったり
とっても久しぶりに書きます。

前回の投稿は1年ちょい前でした。

ちょうど色彩検定の一次試験を受けていました。

前回は二次試験で落ちたのですが、

この前2度目の二次試験を受けて合格できました。

その前にはインテリアコーディネーターの試験も受け、一次試験は合格しました。

3年前に、3年後に色彩1級とIC資格を取ると宣言していたので

そこそこ順調です。

有言実行。







久しぶりに書こうと思ったのは

やっぱり私はいつまでたってもいろんな悩みから抜け出せなくて

少し頭の中を整理するためにアウトプットしようと思ったからです。

誰かに読んで欲しいわけじゃない。

メモ程度に。









今は、仕事について悩んでいます。

年末年始は転職も考え、一つ受けたりもしました。

ただそういうことをしている中で、自分の本心がどこにあるのか分からなくなってしまいました。

受けたのは、ある自然保護団体でした。

一般企業ではないので、いわゆる想像できる年収も低いものでした。

でもそういうことも通り越して、小さい時からの夢をまた実現させるチャンスが欲しいという

(あとから考えたらこじつけかもしれないけど)そういう思いもあり受けました。

でも選考を進めているうちに

「単なる逃げかもしれない」とか

「周りに迷惑や心配をかけている」

ということばかり気になるようになってきました。

確かに年度末にむけて今の仕事はとても忙しくて

お昼ご飯も食べずにあさから晩まで時間に追われ、PCに向かい続けています。

そんな日常に疑問を持っているのも事実です。

活動時間のほとんどを過ごす場所がここでいいのか

人生をこの会社での時間に使っていいのか

そういう思いもありました。

だから

単に私は昔あきらめた夢を利用して、逃げようとしているんだとも思いました。









先日、幼馴染と小学校へタイムカプセルを開けに行ってきました。

「大人になった自分へ」みたいな手紙とかはなかったものの

当時描いた「鳥や自然を守る人になりたい」という夢はやっぱりそこにちゃんと書いてあって

少しドキッとしました。

いろいろ考え過ぎて、自分の正直な気持ちがわかりません。







ただ今が不幸せな訳では決してないのです。

大好きな旦那さんがいて、近くに大切な家族もいて

たびたび旅行にも行けて

信頼できる友人もいて

恵まれているなあと、思うのです

これ以上高望みしちゃいけないとも思うのですが。







いくら自分に「何がしたいのか?」と問いかけても答えが出てこない。

植物人間になった気分。(なったこと無いけど。)

自分の中で抜けない気持ちは、主に2つ。

自然だとか地球環境が悪化していくのを黙って見ている自分が許せないという気持ち。

もう一方は、家族や関係者に迷惑をかけてはいけないという気持ち。

何も行動しなくていいのか?

お金をもらえるという理由でアクションを起こさないでいていいのか?

でも行動を起こしてしまうと、あとには引けない。

今まで頑張って勉強してきたことも、無駄になる。

行動を起こしたら、今の安定な生活はなくなってしまうかも知れない。









転職活動をしたとき、実は最終面接まで進んでいました。

自分でも落ちるわけがないという変な自信があったのは、昔から思い描いていた夢があったからだと思います。

でも身内に受けていることを打ち明けた時は、誰も賛成しませんでした。

そのことが、実は割とショックでした。

やっぱりみんな、ちゃんとお金をもらって、前向きに頑張っている私が好きなんだな、と

分かってしまった瞬間でした。

人として「まともな」道をちゃんと歩んでいる私のことをやっぱり期待しているんだ、と。

こりゃだめだなと思い、最終面接は辞退しました。

実際受かっても行くと二つ返事で決断できるとは思っていなかったので、人のせいにするわけでは勿論ないのですが

やっぱりそうやって「まともな」レールの上を進んで行かないといけないんだなぁと

痛感した瞬間でした。

身近な人たちだからこそ心配してくれたのは分かるけど

分かるんだけど

正直に、本当に生きていくのが面倒くさくなった瞬間でした。










世界には生きることもままならない人たちが存在する中で

贅沢な悩みだなあと思います。

最近いろんな人の言葉を反芻してしまいます。

夢をかなえるためには人の意見を聞いちゃいけない、とか

世間の目よりも何よりも、自分自身が魂で動くことだ、とか

まぁこういうことも自分に都合のいい言葉ばかりが入ってきてしまうんですよね。








自分は自分の人生で何がしたいか

人生をどういう風に過ごしたいのか

行動する勇気があるのか

そこが問題です。

今日はここまで。

おやすみなさい。

【2018/03/07 22:41】 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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